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ふたりの女
ソフィア・ローレンを観ていて“痛快さ”を演じている気持ち良さを
感じていました。
痛快な気分は久しぶりな気もしていて、
痛快には強さの裏づけが大事ということも気にしていて。
だけど、ふたりの女が常に危険と隣りあわせなのも、
とっても気になっていました。
ストーリーは痛快なんてとんでもなくなります。
戦時中は、オセロのようで、
ひとつのコマで盤のコマが次々とひっくりかえるのと同じ、
支配者が入れ替わってしまいます。
民はそれに従うしかありません。
戦時という極度の環境で、
生きるために備わっている欲を描いています。
死よりもつらい悲劇が起こりますが、
それでも人は生きなければなりません。
ラストは、もう一度自分として生きられるかもしれない、
シーンでした。
それも結局、もうひとつの悲劇があったからです。
もしこの母娘が私の家族なら、私は何ができるだろうか?
観た後、しばらく考えました。
日時: 2008年12月06日 06:59