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父ありき 1942日 小津安二郎
父子の半生が1時間半の中に、流れ去ります。
淡々と映像が流れました。
父子にとっていくつかの転機がありますが、
それより何もない日常の方がはるかに人生の中では長く、
生きてきた証はそっちにあるのです。
と言いたいがために、あくまでドラマが淡々と描かれていたように思います。
生きてきた証を分け合うことが出来るのは、
ほんの短い時間です。
これは現代でも全く同じです。
自分の私生活を振り返っても、時の流れは、この映画と同じです。
何気ない日常を封印して、ドラマを何気なく映しているのは、
生きる意味は大半の日常が業であり、
転機となるドラマを受け入れて、
時に訪れる、今までかかわりがあった少ないけれど身近な人たちと
ほんの僅かな時間を過ごせれば、
自分の生き様を確認でき、幸せを実感できる。
それを描くためであったように思います。
見送る親が生きているうちにこの作品に出会って良かったと痛感しています。
日時: 2009年05月30日 06:11