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巨人と玩具 1958日 増村保造
「大衆の頭は空っぽだ!」と会田(高松英郎)が跋扈します。
これにまつわるエピソードはこの映画の主張です。
そして、1958年の作品で、全く今を予見しています。
このエピソードだけでなく作品全体の主張が。
当時と今の最大の違いはインターネットです。
今は自分の意志で情報を取りにゆけます。しかし、
取りに行く情報を選ぶ潜在意識の決定は、
この増村映画の構図そのものです。
だから、背筋が寒くなる想いをしながら観賞しました。
私(達)を洗脳した呪縛を全編通して警鐘しているようでした。
そんな世界を、若い主人公二人=西(川口浩)と京子(野添ひとみ)が、
大人になるにつれて目の当たりにしてゆく視点も、大きな流れの中で描かれます。
そして、自分自身で結論を出そうとします。
結果は「納得ゆかない」です。
これもまさしく現在の模様です。
この作品の世界はあまりにも、現在です。50年以上も前に造られたのに。
映画に封印された現実が、過去を通して今が一番近いことを期待しています。
なぜなら、
“増村監督が警鐘したこの状況を超えることができるようになったから”
“今が一番近いのだと”
根拠はないけれど感じているからです。
日時: 2009年05月17日 09:48