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アンダルシアの犬 1928仏 ルイス・ブニュエル
映像と音楽が本当はミスマッチなのに、そうではありません。
映像はあくまでも、普通ではありません。
また、普通に対して、何かを考えます。
でもやっぱり、表面的にしか意味はないのでしょう。
普通なんて意味はないのです。
人のように社会を形成している動物、本能だけで行動しない動物は、
人以外では、どこまでの知能を持っている動物でしょうか。
チンパンジーやオラウータンは、社会性がある・・・と考えていって、
身近に考えると、すごく大雑把ですが、犬がそれで猫が違うような気がします。
(犬という題名を忘れていました、そういう意味があるとは思いませんが)
猫が行動する元になる本能が、この映画の表現の元なのと感じます。
全く稚拙な表現ですが、これがしっくりする言葉です。
驚くことは、1928年にこういう表現をして、
世間がどう評価したかはわかりませんが、これが望まれる土壌があったことです。
映画の持つ新しい力を表現しています。
現代でもきっと、今までにない可能性が映画にはまだまだあるはずです。
日時: 2009年07月30日 07:31