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17歳 2013仏 フランソワ・オゾン
彼女は私(観客)を拒絶します。
映画の中で彼女に関わる人びとも拒絶します。唯一ジョルジュを覗いては。
彼女の名はイザベラ、17歳です。
夏、経済的に恵まれているイザベラは家族とリゾート地でバカンスの最中です。そして、17歳の誕生日前夜に、行きずりの男を相手に処女を捨てます。
彼女にとっての儀式です。
秋、イザベラは二十歳と偽り体を売ります。金が目当てでも、快楽が目当てでもありません。そして、同世代には目もくれません。まるで思春期をもう通り越したように振る舞います。
多くの男と関係します。たった一度の交わりです。けれどただ一人ジョルジュとだけは何度も会いました。そしてある日、行為の最中にジョルジュが持病の心臓の病で、心臓麻痺で亡くなります。
冬、警察がイザベラの母のところに行きます。彼女の裏の姿が明らかになり動転する母、自己を責めますがイザベラにとってそれは全くの的外れです。
その後、表面的な行動は更生の最中のイザベラです。彼女にとって売春は手段(何のためということが映画のテーマです)ですから、それをやらないことは何でもないことです。そんな時に同級生の恋人ができます。自然に肉体関係になりますが、その途端にイザベラは彼を捨てます。
春、イザベラは、ジョルジュの妻が彼女に会いたいことを知ります。ジョルジュが亡くなった部屋で会います。ジョルジュの妻は自分が知らない夫の姿を確認したかったのです。そしてその姿を自分に重ねるイザベラです。
イザベラは、家族も含めて誰も彼女を分かり合える人はいないと考えていました。
一番近いのはこれから彼女と同じ17歳を迎える弟ですが、彼は若すぎです。
そこにジョルジュが現れました。
ジョルジュはイザベラを無条件で受け入れる人物です。
今までとは違うイザベラが初めて接する人でした。でも彼はあっけない最期です。
イザベラはだから誰も受け入れないままでした。
そこにジョルジュの妻との出会いがありました。
彼女はイザベラに近い女、将来の彼女を想わせる女でした。
17歳という年齢の私は何を考え何をしたかを追想します。
何をしたかよりも、どうしてその時にそのことをしたかにこの映画の真価があります。
イザベラの行動は、17歳の欲求やあせりです。
新しいものを求める欲求、果てしなく自分を試す欲求も自然です。
また自分自身に対して劣等感を強く持ったり、だから存在を確認したくなったりもします。
私もそんな17歳がありました。
振り返って、
やらないこと、やれなかったこともあります。
ジョルジュの妻もその事に言及します。
その差(ここではイザベラは売春し、ジョルジュの妻は売春ができなかった)は、
ほとんどありません。
結果として問題になるかは別ですが。
イザベラは孤高でした。特別な存在でありたかったのです。これはごく真っ当です。
私も全く同じです。しかも大人になろうとする時の高揚とした時です。
特別でなければ何のために生を受け、これからがあるのでしょう。
いつの頃からか、おとなしい態度になっています。(自分のことです)
蛹はある時に達すると蝶になります。イザベラが変わったことに重なります。でもそれは人生で一度だけです。
いつの頃からか、おとなしい態度になった私は蝶になった頃を、
この映画で思い起こします。
イザベラ17歳の映画です。
彼女の行動に理屈はありません。また誰かに迷惑をかけることもその気持ちもありません。結果がそうならなくても。
ラストの彼女の笑顔は、蝶になったけれど羽ばたいていないイザベラが羽ばたくことを示唆していました。
私は大人になんてなっていないと思う時があります。
でもそんなことを思う時は体のいい時だと、自分勝手だとわかります。
大人になる前は、もっと鮮烈だということをフランソワ・オゾン監督は語ってくれています。