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再見 【SPAC演劇】グスコーブドリの伝記 宮城聰 演出
「心が洗われる」なんて言葉を安易に使いたくありません。
けれどこの演劇は、その言葉を言いたい心境にさせてくれます。
けれど同時に、崇高な心でいたいなんて想いは、
すぐに日常に紛れてしまうことを深く感じることにもなります。
素晴らしいSPACの演劇「グスコーブドリの伝記」を再見することができ、
観劇が終わるとそんなことを考えました。
初見では、演者、舞台セット、音楽、照明を含めた演劇自体の完成度と、
どんな演出かということに夢中になり、また、グスコーブドリの生き様、すなわち宮沢賢治がどんな心境だったのか、そして宮城聰さんの解釈はどうか、またどうやって具現化するのか、それらを私がどれだけ受け止められるかに心を砕きました。
でも今回は、この演劇から何を受け取ることができるのかと、自分の心の動きを意識することになりました。
自分は残りの命を何に使うのだろうか?
グスコーブドリのように、イーハトーブの人々のために、平然と人知れず尽くす。
誰もができないことをやっても偉ぶることもなく、限られた命に対して嘆くこともなく、
生を全うすることは到底無理です。
なんてたって、このような素晴らしい演劇を観て、人に対しての思いやりの心が目覚めても、すぐに常の自分に戻るからです。
でも、グスコーブドリは大きな世界を対象にそれができる人物だったけれど、もっと小さな世界の中であれば、私でも彼と同じ心境で同じようなことができるかもしれない、または、少しだけならやっているのではないかと、立ち止まって自分を観てみることができました。
最初にこの演劇で強く感じたことは、グスコーブドリはいつも等身大だったことです。
再見して、そうか、等身大な自分でいることができれば、自らの心も安らかだし、今よりも少しはましな生き様になることが、自然にできるかもしれないと痛感しました。
ラストのメッセージでは、人は人へ繋ぐことができるでした。
なりたい自分になれず、結果を残すことも出来ずに人生が終わっても良いのです。
その過程で身近な人が何かを得て、良きことを繋ごうとするからです。
「グスコーブドリの伝記」を観て、やっぱり人は最終的には善な存在だと思います。
だから今の世も本当はもっと生きやすいのかもしれません。問題なのは、今の己を飾ってしまう心なのでしょう。
追伸
2/6に、2月の「毎月お届け干し芋」出荷しました。
今月のお宝ほしいもは、“いずみ薄切りほしいも”です。
ご興味がある方は、干し芋のタツマのトップページからどうぞ。
干し芋のタツマ
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