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【SPAC演劇】ウェルテル! ニコラス・シュテーマン演出
「若きウェルテルの悩み」を現代を舞台にした、ひとり芝居で、演出もさることながら、役者の力量でぐいぐい引っ張る演劇です。
演者はフィリップ・ホーホマイアーさん、この劇を1000回以上上演していて、毎回新しい“ウェルテル”に成りきっていると、上演後のアーチストトークで話していて、確かに、今回も「津軽海峡冬景色」が挿入されましたが、それは前日の晩にたまたま聞いて取り入れたのだそうです。
若きウェルテルのどうしようもできない感情を、切実に表現しています。
シャルロッテを愛して愛して愛してしまった、そしてその愛は成就しないことで、狂おしくなってしまうウェルテルで、その閉塞から来るどうにも出来ない気持ちは果てることはありません。
シャルロッテも自分自身もコントロール不能で、その日々を重ねていく様は、狂ったようにも見え、でも根源的にそのような狂ってしまう気持ちは誰にもある、そして、ウェルテルはその感情が募っていってしまっています。
シャルロッテの婚約者のアルベルトを決して憎むでもなく、友人として尊敬に値すると思っています。それも彼の募ったどうしようもない閉塞感を強固にします。
ウェルテルが導いた絶対的な結論は、この気持ちに折り合いを付けることで、それは自身で決着を付けることでした。
ウェルテルの苦悩を、だいぶユーモラスに、でも心からの叫びであることをオーバーアクト気味に演じるけれど、フィリップ・ホーホマイアーは人に潜んでいる感情というエネルギーの莫大さを示唆し表現します。
また、シャルロッテへの愛は、彼女を愛する行為は自分自身を愛することと同じ深さで、でもその感情は自分ではいかんともしがたいこと、出来ることは感情を無視した行動で、どんな行為も満たされない感情の下では空虚でしかありません。
本当に人は残酷な性を持って産まれてしまったものです。