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【spac演劇】しんしゃく源氏物語 原田一樹 演出
末摘花が光源氏を待って待って待つ、その物語を喜劇仕立てにしてあります。可笑しいのですが、不憫です。でも人生は自己責任を訴えてきます。
可笑しいのは末摘花に仕える侍女たちです。もう経済的に行き詰っている没落貴族の末摘花をいつどうやって見切りを付けるかから始まり、でも義理堅い気持ちもあり、でももう立ち行かないのは見えていてということで、ドタバタしながら、末摘花の前では建前を、侍女同士では本音が語られます。
でも侍女も色々、金の切れ目が縁の切れ目から、あくまで尽くそうとる者までいます。
そして、末摘花の叔母が貴族でない成り上がりということも面白い、古今東西、名誉と金の関係は普遍です。
末摘花は、一途に何年も光源氏を待つのですが、経済的に困窮していることはかなりお構いなしの天然キャラです。
天然キャラは慕われるのか、困窮している彼女に慕う侍女という感じです。
でももうどうしようもなくなっていきます。
叔母は末摘花に身辺を清算し、待つのをやめるように再三再四口酸っぱく進言しますが、待つことをやめない末摘花です。
彼女にはもう待つことが人生そのものになってしまったようです。
待たない選択肢はありません。人生そのものが崩れるからです。
ラストは、奇跡が起こります。光源氏が末摘花に合いに来るというところで終わります。
すると末摘花を見切った侍女たち、叔母さえも、末摘花を祀りあげるのです。これも人の性で、奇跡が起こるというのも罪な気がします。
末摘花は待つことしかできなかっただけです。
まあそんなことを考えてはいましたが、とにかく面白い演劇でした。笑いが絶えない劇です。
侍女の一人に侍従という人がいます。
この侍従だけは誠実で正直で知恵者でした。彼女は母の婆や(末摘花の乳母)のことも末摘花ことももちろん、この家のことまで考えることをする人でした。
他の侍女も、末摘花も他者責任で生きてしまう人ですが、侍従だけは自己責任で生きる人でした。これもこの演劇の意図でしょう。