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野いちご 1976瑞 イングマール・ベルイマン
死までの時間が短いことを悟っている老紳士の一日で、
彼の生きた姿とそれを受け止める彼の姿を追った作品です。
その日老紳士は、50年間の医師としての貢献を国から称えられるという晴れの日でした。
飛行機で行くはずの旅が、クルマに変わります。
同乗者は息子の嫁と、旅の途中で出会う、その日限りの人々です。
その車中での嫁や出会った娘とのやりとりと、
旅の途中の主人公の思い出の場所に降りたつ感慨と、
それらに纏わる回想で、決して幸せばかりではなかった主人公の一生が、
主人公自身で収斂されます。
けじめがつけられるのです。
その始まりは、明け方の悪夢からでした。
主人公は、気味が悪い状況下で己の遺体と出会う夢をみます。
こういう夢や白日夢はその後も挿入されます。
愛していた婚約者が弟のものにされるリアルな情景、
その恋人は若いままに老いた彼と出会い、老いた現実を突きつけられるシーン、
すでに亡くなっている妻の若い時の不倫のシーン、
医師として失格の烙印を捺されるシーン等々。
そしてこの旅では、現実世界でも人付き合いを避けてきた、
親しい者すらもおざなりにしてきたツケが襲い掛かります。
嫁に詰問されることと、嫁と息子の不仲の実態を知らされ、さらに、
今の息子は老いた自分と同じように、
生きることに意義を見出せないでいる心境であることを嫁から突きつけられます。
しかもそれは自分と息子との関係で出来てしまったと息子が吐露していることも。
それらとは逆に、この日限りの同乗者はこれまでの彼を称えます。
彼にとっては、国から称えられることよりも喜ばしい体験です。
たとえそれが、合ったばかりの人たちが相手だから良い面しか見せないという事実であっても、その姿も彼そのものです。
親しい仲でも同様に振舞っていたはずです。
旅では彼の生き様の中でも、彼の潜在意識に深く刻まれていた出来事を映します。
長かった人生でも深く刻まれたことはほんの一瞬のことで、
いくつかの出来事が、人生を左右しているということを示唆します。
もちろんその出来事は、それが発動するまでの、
彼の行為(彼と相手とのやりとり)の膨大な時間も含めた積み重ねの結果です。
そして人間とは、起きたことで今まで生きた人生を、
今の彼は負の遺産としてだけ回想していきます。
けれど、それが徐々に変化します。
負の遺産は、彼の正があるから起きたことは見逃せませんし、
正とはなかなか認識できませんが、
まじめに生きてきたからには負だけのはずがあるわけありません。
主人公の場合は敢えて人を避けてきました。
たとえそれでも良くないことだけであるわけないのです。
主人公は、社会的に申し分ない評価を得ています。
裏腹に家庭はそれほど上手くいきませんでした。
しかもここは大事で、欲しいものを主張して手に入れていたとも思えません。
それがもどかしくて、親しい人たち(恋人、妻、息子)と彼に溝ができたように見えますし、
夢も回想もそんなことばかりが繰り返されていました。
けれど、それが徐々に変化したのです。
78歳の人生には多くのことが起きました。
生きる時間がわずかになると、絶望感に支配されます。
けれど彼は、絶望感の裏にある功績を自己が認め、もちろん失敗も受け止めて、
人としてのこれまでのすべてを統合しようとしました。
(全部があって今がある、今感じているのは全部ではない)
主人公は私達の分身です。
老いてないとしたら将来の分身です。
主人公の行為は、死を強く意識した人間だからできる崇高な行為です。
その姿を赤裸々に追った作品です。
死を迎えるのは避けられない事実です。
それに向かう意気込みとして、勇気を与える姿を目の前に提示してくれた映画でした。