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【SPAC演劇】忠臣蔵 作 平田オリザ 演出 宮城聰
太平の時代に『武士道』を貫いた赤穂浪士、忠義を尽くし主君の仇を討つその舞台裏を、独特の解釈で描いたこの忠臣蔵は、牙を失った武士でも大儀を成していけることを示唆しています。
それは同時に、平和ボケ、飢えも知らず、国に頼ることを恥じない風潮、都合が良い生き方が許される社会、そんな現代人でも大事を成せることへの希望が込められていました。
ただ、劇全体を包む喜劇性は大事にたどり着くことは容易ではないことも感じさせています。
劇は家老の大石内蔵助と6名の宮仕えの侍達による、藩と自分達の今後の身の振り方を決める場面が主です。浅野内匠頭が吉良上野介を江戸城内で切り付けたことで即日切腹、吉良はお咎めなしの報を受けた直後です。
篭城か、開城か、おとなしく他への仕官を求めるか、忠義を尽くして切腹か、はたまた吉良を討ち取るか、喧々諤々です。
喧々諤々の中身が洒落ています。保身と打算に感情論、日和見に、思いつき、そんな卑しくも正直な気持ちの大前提を踏まえての議論は、「幕府の理不尽な裁定と、それに対する抑えがたい武士道精神」という構図は微塵もありません。
そして主君の死さえもひとつの出来事として相対的に捉えて、淡々とクールに自分達の今後を面白おかしく憂う姿は、傍からの印象であって、当事者達は真剣そのものの本音です。
主君の無念を晴らす仇討ちは確かに大事で、もちろんやり遂げたい、でもその大儀で自分はどうなる、家族はどうなる、そもそもそんなことが現実的か。
ならば無慈悲な幕府の言いなりになるのか。篭城で自らの身を守りつつ憂さを晴らすのか。それも嫌だし、それを認める自分を許せない。
そんな本音が無自覚でも確固たる意志として議論されます。それを現代的な演出にして上質な喜劇に仕上げています。
「関が原から100年経った今、我々は武士道はなんなのか見失っている」という台詞があります。『武士道』を背負っているのが武士だという幻影が、武士とはこうでなければならないという価値観を無視できない状況を作り、それに縛られた姿を見せています。
巷の忠臣蔵ではこういった気概の浪士達を賞賛しています。それも人が持つ普遍性であるから、忠臣蔵が今も皆が求める物語足りえるのですが、赤穂浪士全員が足並みそろえて討ち入りに向かっていったということはありえません。この仇討ちが美化されているとまでは言いませんが、案外この忠臣蔵の侍達のやりとりのようなことから討ち入りが出発していたとしても不思議ではありません。
赤穂浪士の行為の聡明さや一途な精神はこの事件後の後付の評価です。事件から300年、多くの見解があります。平田オリザさんや宮城聰さんも自分の思惑として(強調しているとしても)、こんな顛末があっても良いと考えての演出には私も共感します。
ただ「こんな顛末があっても良い」の奥には、侍達が真摯に藩に向き合っていることが絶対条件です。それは真面目な仕事ぶりと、結果的には可笑しくなるけれど真面目な会話で表現されていました。そして、飄々とした内蔵助の中に実は武士道精神が潜んでいるからこそ忠義が実現したということも、この劇で触れているというのが私の解釈です。(これは劇中の内蔵助の遊びの衣装での振舞いと最後の釣りのシーンからです)
この忠臣蔵は、討ち入りを決めるまでの議論を見せています。
吉良を討ち取ることが侍達の総意であり、固い意志であり、だから成しえたという物語とは全く違った、そんな想いとはかけ離れた遠いところで討ち入りが決まっていったという喜劇です。
だから、この劇の後日談として吉良が討ち取れたと仮定すると、侍達は最初は出来るかどうかは半信半疑で、仕方なしに内蔵助について行ったら事を成しえたということになります。
しかもその時の四十七士はエリートばかりではありません。なにしろ劇中の議論で決まったことは、「他の大名に仕官したら無理に討ち入りに参加しなくても良いよ」という内容で、これだと優秀な者ほど抜けていきます。でも行き場がなくなった必死の者が残るというのがメリットともいえます。(劇中に仇討ちを成功させて、助命を受ければ士官の先は引く手数多というシーンがあります)それにしても現実的ではありません。
でも大儀が適います。
その、“結果成しえてしまった”という所が、この忠臣蔵が、牙を抜かれた闘争心に欠けてしまった現代人にも、大儀を成すことができるという賛歌だと思うのです。
もちろん相応の努力が前提になりますが、揺るぎない決意がなければ出来ないのではなく、外堀を埋めるかのように粛々と環境を整えることで、いつのまにか出来ていたというのが私達が事を成せる本来なのです。
でも繰り返しますが、勤勉であること、力を蓄えていることが前提です。
この忠臣蔵においても結果大儀を成し遂げたとしたら、偶然に任せたとはいえ、容易ではない事です。
ここには、喜劇仕立てにして敢えてそれを匂わせないけれど、どんな世でも「自らが欲することは、自らが備えていた分だけが適う」ということと捉えました。
そう捉えるのは私の心の癖かもしれませんが、この演劇も真実を語っていたと強く感じますからあながち外れてはいないと信じています。