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乳母車 1956日 田坂具隆
本来ならひとつを選べば、ひとつは諦めなければならないのに、
ずるい大人は、両方手に入れようとします。
でもそれは単にずるいだけか?
多感な女子大生ゆみ子(芦川いずみ)は、そんな父 桑原次郎(宇野重吉)の一面を知り悩みます。
桑原家はブルジョワです。ゆみ子、次郎と母 たま子(山根寿子)の3人家族で、お手伝いさんが二人です。それは次郎が会社役員だからです。
おっとり優しい父に25歳の愛人がいることを知ったゆみ子は、たま子にそのことを告げると、たま子はとっくに知っていて、黙認していることを知り、たま子にも不信を持ちます。なあなあでいることで、母は今の贅沢な生活ができること、騒ぎ立てない方が次郎を苦しめることになるという、たま子の生きる選択に、それが本当の生き方かと疑問を持ちます。
どうしても愛人のとも子(新珠三千代)に合わずにはいられないゆみ子です。
意を決して合ってみると、とも子は礼儀正しく、芯が強く、美しい女性ということで、嫌悪感を持てません。そして、とも子には一見ぶっきらぼうですが、心根は優しく気概がある弟の宗雄(石原裕次郎)がいて、宗雄は姉を慕っていて、彼の好青年ぶりからも、この姉弟に少し惹かれます。
そして、とも子には赤ん坊のまり子がいて、この母違いの妹がとても可愛くなってしまいます。それは宗雄も同じです。
次郎、とも子、たま子は皆、ぬるま湯のような現在の境遇に、それは実はただの時間稼ぎなことを心で隠して、満足を得ようとしていましたが、ゆみ子のたま子に対する意見が、それは上辺だけの生き方だという警鐘となり、その関係を見直すことになります。
たま子は家を出る事で、ゆみ子は今の生活を、次郎からの、お手伝いさん付きの家と生活費を貰う生活に甘んじることは、精神的にできなくなるのです。
次郎と別れて自活を試みるとも子ですが、ここで厄介な問題になったのが、まり子の境遇です。
まだ生後半年なのに、母と一緒にいられる時間が限りなく少なくなってしまい、それを許せないのが、ゆみ子と宗雄です。
二人は、大人3人に、まり子の生活を一番に考えて欲しいと直談判します。
次郎はもちろん今の社会的地位も若く美しい愛人も、そして生まれた可愛いまり子も全部を得ようとしています。そんなことはあり得ないのに。
たま子も重役夫人の生活をしながら、次郎に罪悪感を感じて貰うことで、自分の心の奥にある許せない気持ちを抑えています。これも長く続くわけはありません。
とも子も、愛する次郎に守って貰い、もちろんまり子とは何不自由ない生活をしながら、でも桑原家は安泰(たま子もゆみ子も今までの気持ち=次郎を慕って仲良い家族のまま)で、いて欲しいという、これまたあり得ない現実を望みます。
この状態が続くわけはなく、3年は直面することになります。
直面とは、社会のルールにです。
やはり社会は許してくれないのです。
ただ、その社会のルールとはでは何か?を考えさせられます。
そのルールとは、大多数の人が生きやすいように、また為政者がやりやすいようにしてできたシステムが社会のルールです。
人の感情や本能から導きだされたモノではありません。
ここが厄介です。
次郎がとも子を好きになり、とも子も同じ気持ちになり、子供ができる。そしてその子を溺愛する。これは本能で、いかんともしがたく沸きあがってきた心の叫びの結果ですが、社会のルールはそれを許しません。
たま子の生き方だっていいではないですか。
でも三人三様に罪悪感を持ち、ゆみ子と宗雄は嫌悪感を持ってしまいます。
もちろん不倫が良いこととは思いませんし、次郎ととも子の関係で、多くの人(家族)が傷つきました。
けれど、それぞれの人が持つ、罪悪感や嫌悪感は社会が作りだしてしまったものではないとは言い切れない、それを強く感じました。(本編で次郎もそれを吐露しています)
人らしさとは、適合して生きる事なのか、自分の気持ちを偽らないことなのか。
でも次郎ととも子の恋愛はやっぱり軽率ですが。
また、たま子が家を出る、とも子が自活するという背景として、女性の自立が大きなテーマにもなっていました。
これは、昭和31年という、日本が勢いを持ち始めたことがガンガン伝わってくる映像と共に映画の中に封じ込められていました。