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【spac演劇】民衆の敵 演出:トーマス・オスターマイアー
温泉がある事で栄えている街のトマス博士は、その温泉が実は汚染されていることを突き止めます。これは世に知らせなければ、で始まりますが、温泉を正常にするのにはべらぼうなお金と、カネのなる木である温泉街を2年間も休みにしなければならないということから、トマスには圧力が徐々にかかります。
トマスの兄は市議で彼の猛烈な反論がトマスにかかります。それはトマスの証拠だけでは信じられないと言う屁理屈を発端とするもので、市議のその意見はトマスに協力的だったマスコミをも隠蔽に向かわせます。
という現代でも、日本でも、堂々とまかり通る内容です。
この話を、市議たちの今を取るという乱暴な主張、対、トマスの正常な主張、という対立から、それを一歩進めた、近代の先進国が歩んできた経済優先ゆえに精神の荒廃が起こり、それが悪であるとトマスの主張は過激になり、原理主義を貫くようになっていき、それと市議たちを対峙させるという構図にこの劇は持っていきます。
その対立シーンが佳境になると、なんと舞台俳優がこれについて、その場に集っている観客相手に議論を促し、実際に論議を交わします。
この実際にありがちな事件を表面だけでなく、その奥底にある、人が人との間で起こる問題はなんだ、という普遍な問題として提起しています。
またここからも出色です。あくまでも世の中は悪意にまみれているといまで迫るトマス、市議たちは確かに自分たちの利益で動いていますし、改めなければならない行為をしていますが、果たしてそれは市議たちだけかと、トマスはどうなんだという所へとトマスを追い込みます。
トマスの義父は地に落ちた温泉施設の株を買い占めます。もう二束三文ですが、大逆転の可能性があるからです。それはトマスが主張を翻すことで、トマスの目の前にはトマス名義の株が置かれます。トマスは妻と共にそれに見入る、それが最後のシーンです。
正義は絶対ではありません。同じ事象が正義と悪とになるから諍いが絶えません。だから温泉が汚染されているのは事実でも、それへの対処は立場と役割でまるで変わります。トマスにとって汚染は許せない事実であったのが、許したくなる立場と役割になる皮肉で終わらせています。なんと意地悪な劇でしょう。
またトマスの原理主義的な主張もあまりにも決めつけすぎです。そこには民衆に対しての操作が裏に隠れています。正義を主張することで支配する立場になっていくという怖ろしさを見せつけています。
私達が生きている社会は、確かに上手く機能しているとは言い難いでしょう。でもそれを解決するのは一通りの正義があれば進むのかと言えばそんなことはあり得ません。そうであれば何もしないできないで良いかと言っている訳でもないでしょう。
ただ少なくとも踊らされることでは解決はないことを示唆しているように感じました。
最初の家庭のトマス家族の平穏シーンから段々不穏になって行くのですが、日和見な他の登場人物を映し、ではトマスの家族は潔癖かというとそうではないことも匂わせるなど、演出は細かく気が配られ、また緩急を付けてもしてとても味があります。また、俳優の演技も鍛え上げられています。そしてテーマも深く素晴らしい劇でした。
追伸
とても個人的な意見ですが、私はなるべく繋がらないことはこれからますます大切になっていくと思っています。自分の等身大で守れる範囲で守りたいモノを守る、利己な生き方でOK、ただし節度が十分にあればです。