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ブログ 今日のいもたつ

銀幕倶楽部の落ちこぼれ

女は二度生まれる 1961日 川島雄三

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生まれてから、身近に接する環境の中にしかいなければ、
その環境は自分をつくる全てで、良いも悪いもなにも、
他の環境があることすら想像できません。

生存できるのにあえて、そこを飛び出す必要はありません。
隣の芝生が青く見えるのは、
視ることができるようになってからの話です。

この物語の主人公は、
自分が生きて来たことに始めて疑問を持つことができた。
その時点で終了しています。

傍からみれば可笑しな生き様とわかることも、
当人はそんな感覚はありません。
だけど自分に違和感を覚えました。

ただ、それが果たして幸せにつながるかと言えば
別の話です。
なんだ、全く今まで生きてきた自分と同じではないか!
とても根源的なことを描いている作品です。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年03月05日 06:11

氾濫 1959日 増村保造

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苦笑いするしかない映画です。
こうも欲望全開なんてことはない。
自分だけは違う、そんなことはないよ。と言われているようです。

金、地位、名誉に群がる輩たち、性を媒介にして自分の欲望を満たそうとする。
設定は公開当時とリンクしている高度成長期です。
高度成長期は引き金でしかない。
だから、欲望の氾濫は古来からあったことでしょう。
(人間の欲望を増幅させてから引き金を引かせたという感じ)

しかし、誰もが大鉈を振るうかのごとくの欲望処理ができてしまうのは、
この頃からのように感じます。

そして、40年たちました。
私たちの精神は大人になっているでしょうか?

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年03月04日 07:10

処刑の島 1966日 篠田正浩

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1966年は高度経済成長の真っ只中でした。
戦前から戦後を経てのゆがみや負を描くこの作品は、
どうとらえられたのでしょうか?

日の丸やリンカーンの肖像画の前で繰り広げられるシーンは、
影が強調されていました。

為政者はみせたくないものを、みえないところに追いやります。
個人もみたくないことを、意識しないようにしてゆきます。
だから、みせるという行為がおこり、
そこで選択する機会が訪れます。

自分の意識の「きれいごとだけで良いよ」
と言う声に向かう力は、こういう映画から貰うことができます。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年03月03日 07:05

風船 1956日 川島雄三

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豊かになった日本が、崩れようとしている感がある、今を
予言しているような映画です。

金、愛、大人の振る舞い、子の成長と夫婦が重ねた年月、
登場人物たちが自然体で表現してくれます。
男優二人も良いですが、女優4名の役柄としてにじみ出る個性が、
自然で考えさせる内容の物語に誘ってくれます。

川島雄三監督作品は4本目の鑑賞ですが、
喜劇、時代をかけての人間描写、男と女の生き様、
今回のような都会的センスが入った人模様とどれも素晴らしく、
もっともっと観ていきたい監督のひとりです。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年03月02日 08:09

俺たちに明日はない 1967米 アーサー・ペン

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大恐慌がアメリカを台風のように襲う。
その渦中には、今までとは違うアメリカがありました。
この映画でもそれが汲み取れます。

二人は大恐慌が生んだちょっとしたヒーローでした。
踊らされてもいました。
だから被害者なのかもしれません。
やってしまったことは決して許されない事ですが。

二人とその仲間を、フラットな立ち位置で語っています。
心情を伝えます。
何故こんなことをするのかを物語の進行とともに考えます。
だからこの時代が気になります。

大多数の人は貧しくもまじめに働いていました。
この二人はあまりにも短絡に、楽を考えていました。
しかし、その行為が象徴かもしれません。

今もこの頃と同じ大不況を、この映画の新聞社のように
マスコミは伝えています。
誰もがそれらの一因です。
それを痛切に受け止めずに入られない映画でした。
だって、二人を知りながら、二人に心を開く人たちも、
二人を追い込みただただ復讐をする人もいます。

どちらも私自身の分身のようで、震えを覚えるラストでした。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年02月27日 07:11

許されざる者 1992米 クリント・イーストウッド

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人間の本性を描いているようです。
主人公を通して、周りの人物と絡めて。

本性なんて”これだ”というものは実はない。
けれどそれらしいものはある。


最近自分が多重人格の気があるような気がするのですが、
これってそれが自然なのかもしれません。

主人公が妻と暮らす前、暮らしているとき、
妻が亡くなって子供たちと暮らしているとき、
そして、この映画での変化。
全部ひとりの男そのもので、
多重人格かもしれません。

悔いても悔いても、嫌な自分がいます。
そんな生きる性が描かれていました。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年02月26日 08:24

若草物語 1933米 ジョージ・キューカー

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キャサリン・ヘップバーンは大女優です。
若い頃のこの作品でもそれを感じます。

この作品の良いところは、彼女は目立っていますが、
他の3人の女優も主張があるところです。
それは作品のテーマですから、味噌でもありますし、
おもしろいところです。

1949年版でも同じく、四姉妹の個性を楽しめます。
でも表現方法はだいぶ違います。

同じ原作、違う作成時期という対比は、
そこから女優の移り変わりが垣間見ることができます。
33年版と49年版=16年の時は、
世代が違う女優を映し出します。
これも映画の魅力です。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年02月25日 07:13

アラバマ物語 1962米 ロバート・マリガン

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多様なテーマを盛り込みながら、
そのどの主張も伝わってくる、
なかなか他では味わえない作品です。

1932年当時のアメリカの差別を訴える
アメリカの良心とも言える陪審員制度に疑問を投げかける
ひとり父親となった時の教育を考える
子供たちの横のつながりと冒険
子供たちの成長物語
隣人を介したちょっとしたミステリー

先進的で、骨太な思想がラストで現されます。

作品の8割が子供たちの視点です。
ここを介することで、伝わせたいことが、
ぐっとプラス、深く伝わります。
とてもうまい構成だと思います。

裁判シーンでの長まわしも中締めを感じ、
前後の子供中心の展開とは違う独立した主張があります。

ともすればあれもこれもとなりがちなところを、
随所に力が入るほど見入ってしまう様に仕上げています。
役者はもちろん脚本、演出、音楽と総合力で組み立てられた映画でした。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年02月24日 07:05

スプレンドール 1989伊/仏 マルチェロ・マストロヤンニ

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街の映画館とその裏方達と街の人にとっての映画館の役割
それを劇中に色々な映画を挟まれ語られます。

なぜここにこの映画を挟むのか?
きっと深く頷くマニアの方もいるでしょう。
映画の中の映画は、造り手の意図を探る楽しさがあります。

映画ってとてもたくさんのジャンルがあり、
人によっての解釈があります。
だから、
普段の生活を映画で語ることもできます。
そして、それが共通言語になっている人と話すと
とても楽しいものです。

世の中の流れと、映画の結びつきを
映画を観ればみるほど知りたくなるし、
そこに映画が持つ魅力と価値を感じます。

何年か後にもう一度観てみたい映画です。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年02月23日 07:23

自転車泥棒 1948伊 ヴィットリオ・デ・シーカ

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主人公の感情のあり方が切ないほど伝わってきます。
不安があり、ほっとし、喜びを妻と分かち合い、仕事にゆうゆうと。
どんでん返しからは、
後悔、あせり、不安、苦しみ、心配と心配かけたくない想い、
家族愛を感じ、責任感、父子の立場と自覚、家族の担い手としての責任・・・。

どうしようもない閉塞感では人はどうなるのか、
どういう心理なのか。
それを生み出した社会と関連づけて表現している、
みたくないものを、やわらかく表現して、
どっしりと感じさせる作品になっていると思いました。

救われないままに、人ごみに親子は、ラストまぎれます。
冒頭よりもマイナスからのスタートです。
ここにもこの作品が訴えたい、現実が現れていて、
「受け止めようよ」
それが心に残りました。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時:2010年02月22日 07:17